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    April 28

    爪切りに笑う客

     
     
     
    ぷっっ、くくくくくくっ
     
     
     
    「ぷっっ!」で止めることができなかった。
    止めようと思ったときには、すでに大きな有声音が喉の奥から噴き出していた。
     
    ほぼ隣で、やはり小物雑貨を物色していた2人の女の子のしゃべり声が一瞬途切れたし、
    私と肩擦れ擦れに立っていた子のほうは、その肩をピクリと驚かせたのも知っている。
    でも、笑いの波は繰り返しおとずれて、止めることができなかった。
     
    というか、
    開き直ってしまい。
    唐突に現れて私のツボに入ったこの可笑しさを惜しむように
    何度も笑いのきっかけに目をやり、繰り返しこの笑いを楽しもうとした・・・・これも事実。
     
    ただ偶然に通りかかっただけの、目的もなくぶらりと入った2元ショップ(100円ショップの中国版)の店内で私はごくごく平凡な爪切りを手にし、おそらく2分くらいそれを眺め続けていただろう。・・・・もちろん笑いながら。
     
     
     
     
     
        暖かい提示:以下の使用方法によって真剣に切り整えてください。
     
        爪の甲(きっと爪切りの甲だろう)を180度回転して・・・・・。
        切り整える必要とする爪を爪切りの口の一端に置いて、
        爪を爪切り口の両端の中間にあることを保証して、
        爪切りの終端を押して・・・・・。
     
     
     
     
    商品のパッケージに変な日本語が書いてあったり、日本語訳が不自然だったり、というのは
    普通によくあることだけれど、こんなに笑ってしまったのは本当に数少ない。
     
    確かにふざけながら爪を切る人は少ないだろうし、誰でも爪を切る時はある程度真剣なものだと思うのだけど、あらためて“真剣に”とはっきり言葉にされると、こうもおかしいとは思わなかった。
     
    そして。
     
    爪切りの使い方というのは、実はこんなに複雑なんですね・・・言葉にすると。
    この日本語の不自然さは問題じゃなくて、たとえ自然な日本語だったとしても
    とても複雑な説明になるんじゃないか、、、と思いながら。
     
     
    でも爪切りにこんな爪切りの使い方説明が必要なものだか・・・・
    まるでスプーンにスプーンの使い方が書いてあるようなものだ。
    これが“暖かい提示”・・・そうかぁ。
     
     
    店内で2分ほど笑わせてもらい、
    うちで今使っている爪切りの切れ味が悪くなってきたことを思い出し、
    ためらうことなく、レジへ向った。
    1時間後、もう1回、この笑いが楽しめるかもしれない。
    爪も切りやすくなるだろうし、爪を傷めなくて済む。
    品質に問題がなければ。
     
     
    あのおかしな説明を何度も読み返したのちおもむろに封を切った。
    おかしな日本語が印刷された部分も同時に破れた。
     
    パチンッ  今までのよりずっとスムーズに切れる。
    2元の割りに質はまあまあらしい。
     
    爪を爪切りの口の一端に置いて、爪切り口の両端の中間にあることを・・・・・」 
    “暖かい提示”が、ふと頭をよぎる。。。
     
    ふふっ、くくくっ。。
     
    いつもより“真剣に”爪を切るとしようか。。
    April 18

    風を切って

     

     

     

    春風を切れ!

     

     

     

    気分はこんな感じなんですけど。

    わたしが乗っかるものはそんなに速くないんですよね。

    電動車(電気自転車)もローラースケートも。

     

    ローラースケート・・・・いやいやローラーブレードというらしい、日本語で。

    この辺で日本語が怪しくなってくるところが、わたしの日本浦島ぶりを物語る。。。

     

    このローラーブレードが今、中国の(少なくともここ杭州の)小学生の間で流行っている。

    わたしの住む団地内でも、去年あたりからガーガーゴロゴロ滑る子供たちをよく目にしていた。

     

    うちの二人の息子たちはともに小学生である。

     

     

    案の定。

    すぐに催促が来た。

     

     

    誕生日にね・・・を理由に待たせること半年以上。

    もしかしたらもう興味がなくなっているかもしれない・・・・・なんて都合のいいことはなく、

    今年に入ると、催促の声はいっそう高くなった。

    一人分ならともかく、二人分買うとなると、結構な出費になるのである。

    でも、ここまで来たら、腹をきめるしかない。

     

     

    「よし!買いに行くぞぉ!」

    「ぃやったぁ!」

     

     

     

     

     

     

    結果。

    自分のまで買ってしまった。

     

     

    出費について言えば勢いである。勢いがなければ自分の分まで買わなかった、いや、買えなかっただろう。

    でも、衝動買いでは、実は、ない、、、つもりだ。

     

     

    もともと小さいときからフィギュアスケートを見るのが大好きで、憧れのまなざしでテレビに見入っていた。

    はじめてスケートに行った時は、その前の晩興奮のあまり一睡もできなかった・・・・11歳。

     

     

    広場をはしゃぎながら滑りまわる子供たち。

    我が二人の息子もおっかなびっくりの及び腰で、でも満足そうに滑って(走って?)いる。

    インストラクターらしき男性が(お金を払えば教えてくれるようだ)後ろに子供たちを従えて目の前を悠々と滑ってゆく。

     

     

    いいなあぁ・・・・。

     

     

    子供のころスケートに憧れた脳みそがむくむくと膨張をはじめた。

    広場を滑る自分の姿が目に映る。

    親子でローラースケート・・・も悪くない。

    はじめるなら今だ!

     

     

     

    大人用は子供のよりも高かったが、

    子供たちに遅れること1週間後、わたしもローラーブレードなるものを履いた。

    親子3人危なっかしく滑る姿で物珍しそうな視線を集めながらも、気分は上々。

    東京育ちで、憧れるだけ憧れたがスケート暦などないに等しい。

    でも

    頭の中の自分が滑るイメージだけは十分である。

     

    春風を切れ !

     

     

     

    April 17

    出来事

     
    *4月12日の話です* 
     
     
     
    よく降る雨だ・・・・・。
     
     
     
    まったくよく降る雨である。昨夜から振り続けてもう午後1時を回ろうとしているのに、一向に止む気配がないどころか、雨脚さえも衰えるようすがない。
     
    杭州の雨といったら、夕立のようなにわか雨か親方雨・・・夜降って昼間は止んでくれている雨・・・と勝手に思い込んでいるわたしの目にはこんな雨の降り様がものめずらしく見える。
     
    無数の透明な雨柱が灰色の天から降りてくる。
    5階の窓越しに外を見るわたしの目を通り過ぎ、
    敷かれたばかりの黒光りするアスファルトに吸い込まれてゆく。
     
    仕事前、つまり授業前。
    今日のオープニングは何を話そうか。
    わたしはいつもすぐに授業をはじめない。。。というかすぐに始められない。
    なにか最近の身近なことをちょっと話す。自虐ネタが多かったりするが。。。
    きょうは。。。
    やっぱりこれしかないな。
     
     
    通勤はバス。
    雨のバス停はいつもより多い人で溢れかえる。
    普段は自転車通勤の人も今日のような雨の日はバスになるからだ。
    雨にも負けず・・・覚悟の固い人々がバスを待つわたしたちの前を通り過ぎてゆく。
    バスを待つ・・・・そう。今日はもう4台も客が多すぎて乗り切れずやり過ごした。
    5台目が近づいてきた。。。もうそろそろ意地の出番。そうそうお人よしもやっていられない。
    何が何でも乗り込む。
    わたしと同じ決心であろう若い女性がまだ完全に止まっていないバスの扉を追いかけ、わたしも彼女に続いた。彼女の目の覚めるようなグリーンのニット。その背中に張り付くようにわたしはバスに乗り込んだ。後ろから乗り込んでくる客に押され押されてバスの中に詰め込まれる。
    グリーンの背中は知らぬ間にわたしの前から見えなくなった。
     
    5つか6つバス停を過ぎただろうか。
    降りるべき客は降り、バスの中にようやく周囲を見回す余裕ができたところだった。
    「あ!わたしの財布がない!」
    若い女性の声だったようだ。馬鹿でかいエンジンの音でわたしにははっきり聞こえなかった。
    その一言に真っ先に反応したオバサンたちの声で事の次第を知った。
    「かばんはどうやって持ってたの?」
    「ダメダメ!脇に挟んでても人にもまれて後ろにまわっちゃうこともあるでしょう。」
    「で?現金はどのくらい?」
    「若い子のそういうかばんはおしゃれかもしれないけど、そんな底の浅いのじゃ取られやすいわよね。ほら、わたしみたいにがっちりしっかりしたのじゃなきゃ」
    口々に・・・いや先を争うようにわあわあ言っているオバサンたちに囲まれて、その中心にいたのは
    あのグリーンのニットの彼女だった。
    「現金はたいしたことないんですけど、身分証明書や銀行のキャッシュカードもいっしょなんです」
    どうしたらいいかわからない・・・といった表情でオバサンたちの質問に言葉を返している。
     
    いやいや、オバサンたちと話している場合じゃないあだろう・・・・。
     
    「おい!110番しないのかい?するならバスとめるよ!」
    騒ぎを知った運転手が声を上げた。
     
    「そうね。110番したほうがいいわね、やっぱり」
    「犯人はもうどっかの前の駅で降りちゃってるわよ」
    「でも、110番はするべきね、かけなさい、早く」
    オバサンたちの会話は一気に110番のほうへ移り、促されるように彼女は110番。
    バスが道路脇に止まり・・・・。
     
    車内騒然。
     
    雨、ラッシュの渋滞、時間は8時半を回っている。
    無理もない。
    あちらこちらから不満の声、携帯で遅刻連絡・・・イラつく感情を大声と語気にぶつけている。
    運転手の弁明、同情の声、容疑者の詮索・・・110(イヤオイヤオリン)はまだか!
     
    例のオバサンたちの声もとまることなく続いていた、というかその会話はむしろ車内の騒然さに刺激されていっそうパワーアップしたように一際高らかに響き渡っていた。
    それはすでに井戸端会議状態。
     
    なかなか来ない110(イヤオイヤオリン)。
    被害者の彼女は何をしている・・・・?
    井戸端会議の中心で、うなづいたり、相槌を打ったり、質問に答えたり。。。
     
    なにかちがう・・・・んでない?
    110番だけで銀行のキャッシュカードは大丈夫なのか?
    暗証番号がわからないにしても、万一・・とは考えない?
    眺めているわたしの方がはらはらしてくるのはなぜだろう。
    なんとかして銀行と連絡をとろう・・・なんて考えないのだろうか。
     
    「銀行に連絡とかしたほうがいいんじゃないの?」
    たまらなくなって、声に出して言ってみた。
    ・・・・・ものの。
    井戸端会議の壁は厚かった。わたしの声は見事にオバサンたちの声にかき消され聞かれることはなかった。
     
    9時を過ぎてようやくやってきた110は、バスの中を二往復すると、被害者の彼女だけバスから降ろして去ってゆき、バスは再び走り始めた。
    一人一人調べられるのかと思っていた乗客たちは、待たされた時間の長さとそれに見合わないあっけなさに対して再び騒然となった。が、とうに諦めムード、さすがに長くは続かなかった。
     
    あのオバサンたちを除いては。
     
    事が終わり静かになったバスの中で、その井戸端会議はまだ続いていた。終点が近づき次々と客がおり、がらんとしてきたその中で大きな笑い声とともに以前出合ったスリ事件の話などしている。。。。一向に終わる様子が見えない。。。。今日の雨だ、まるで。
     
    ・・・彼女たちはきっと職場に行っても家へ帰っても今日は一日この話題で盛り上がるに違いない・・・・・思わず想像してしまった。
     
     
    被害者の彼女のあの“何もしなさ”とオバサンたちの大声話ばかりが印象に残った出来事だった。
     
     
    こうして書いてみると、長いなぁ・・・長すぎる・・・ここも長雨に祟られたか。
     
     
    ちなみにわたしはこの町で、物を取られたことがない。(本人の知らないところで取られているかも知れないが)12年もいるが、自転車すら盗まれたことがないというのは、何と言う運。ありがたいことだ。・・・と、こんなことを言っていると、そろそろ自分の番が回ってきそうで油断は禁物である。自分への戒め。
     
     
     
    April 08

    花より・・・・

     
     
     
    眩しい緑に誘われて・・・・
     
     
     
    西湖へ散歩に行った。。。と書きたいところなんですけど。
     
    お口によもぎ餅が入ってます。ここのところほぼ毎日。
     
    よもぎ餅の緑なんて、ご存知のとおり、実はくすんだ緑色ですが、
    これがおいしい・・・ハマッた・・・となると、心理的に眩しく映るんですよ。
     
    来た当初は日本人にはまともに食べられるお菓子もなかった杭州ですが、
    ちゃんと進化してます。
    団子もスナック菓子もアイスもジュースも今は口にできるようになりました。
    ・・・わたしの口が慣れたせいもあるかもしれませんが。
     
    ともかくも、ここ数日はほぼ毎日よもぎ餅。
    朝食代わりに食べながら、満員バスに揺られ、埃っぽい大通りに健気に眩しく輝く新緑たちを眺めています。
     
     
     
    新緑 というと5月はじめを連想しがちですが、わたしの頭の中では4月の緑です。
    きっと、ここ杭州に来てから、いつの間にかそうなりました。
    杭州のほうが東京よりはやくに暖かく(暑く?)なるからでしょうか。
    生まれたばかりの柔らかい葉。その黄緑が葉から溢れんばかりに眩しく輝いている。
    思う存分春の光を満喫しているようで、うらやましいくらいです。
     
    あんなふうに光を浴びられたら、あんなふうにきれいに輝けたら、気持ちいいだろうな・・・・。
     
    でも、場所が大通りでは嫌だなぁ。。。やはり草原や山の中、湖の畔が一番だ。
     
    本当なら西湖の湖畔でものんびり散歩でもしたいのですが、
    多忙な毎日にめっきりご無沙汰しています。
    今頃はちょうど、湖畔の柳の芽が柔らかいその新緑を風に揺らしているでしょう。
    きのう、“湖畔に桜がたくさん咲いていたら、今頃はきっときれいでしょうね”という日本の方の声にうなづきながら、でも私の頭に浮かんだのは、しだれ柳の揺れる西湖でした。
    “日本人としては、この季節桜を見ないと、やはり何かものたりないね”と同意を求められ、
    でもわたしに想像できるのは日本の桜の風景だけでした。もし杭州で日本のように桜が咲いていてもきっと日本で見るときのように感動しないだろうと。
     
    それだけわたしの感覚はこちらになじんだということなのでしょうか。
     
    でもその分、日本的なものは日本で・・・・こんなこだわりも強くなったような気がします。
     
    4月は桜、5月は新緑 というのはわたしが日本に入ればのあたまのなかで、
    杭州にいるかぎり、わたしのあたまのなかの4月は黄緑色に光り輝く柔らかい新緑の季節なのです。
     
    4月。
    日一日増えてゆく新しい緑に、たとえそれが砂埃と排気ガスの中の街路樹でも、わたしの心は誘われることでしょう。
    いや、むしろ、もっと誘われたい、誘われたい。
    誘われて、そのうち本当にご無沙汰している西湖へでもぶらっと足を向けるかもしれません。
     
    その時も、もちろん、よもぎ餅も持って。
           ・・・・・・・・・(いつまで売っているかなぁ)
     
     
     
    April 03

    あ、思い出した

     
     
     
    突然思い出したこと
     
     
     
    それはかれこれ1ヶ月ばかりも前のこと。
    暦ばかりが春を先走り、実際はまだまだぶ厚い衣にくるまって歩いていた2月の終わり、
    いや、3月頭だったかな。
     
    その夜、わたしは100メートルダッシュをした。
    100メートル、いや、正確にはもっと距離があったろう。
    わたしの2本の足は思いのほか長く伸び、
    身を包むダウンコートをガサガサ言わせながら大きなストライドで走るわたしに道行く人は目を見張っているかもしれない・・・・
     
    さながら気分はマラソン選手。
     
    が、そこは下沙(シァシャー)。
    そう。杭州郊外のだだっ広い経済開発区。
    すべてが大きく作られていて、言うまでもなく道路も広い。
    開発区周辺は農村、開発区内は工場、工場、工場。
    娯楽施設はおろか、レストラン、商店をさがすのさえ一苦労。
    そんなところで夜も10時近くに、わたしに目を見張る人などいるはずもない。
     
    目指すは街灯の効かない暗いバス停に一際光り目立つK328番バス。
    杭州市内へ向かう人々が黒い影となってバスのそばでうごめいている。
     
    走れ!走れ!
    今日の足なら大丈夫だ!
    走れ!乗ってやる!
    これを逃したら、このダッシュが水の泡!
    あと10メートル、5メートル、
    最後の黒い影が乗り込もうとしている。
    お~い!もうちょっと時間をかけてゆっくり乗り込め!
     
    よっしゃぁ!間に合った!
     
    と思ったわたしの目の前でドアがしまった。
     
    運転手め!サイドミラーでわたしの猛走が目に入らぬか!バン、バン、バン!!
     
    最後の仕上げはドア叩き。閉めたドアをもう一度開けさせ無事バスに乗り込んだ。。。
     
     
     
    うう~~ん、何年ぶりの猛烈ダッシュだったろう。。
    バスの中でもしばらく達成感に浸っていたけれど、
    今更ながらに思い返しても、やはり自分に感心してしまう。
    わたしの足もまだまだ捨てたもんじゃないな。
    まったくの自己満足・・というのはもちろん承知の上で。
     
    学生時代、特別運動に長けていたわけでもない自分だから、
    これを客観的に評するなら、
    火事場の馬鹿力・・・・
    ならぬ、火事場の馬鹿走り・・・となってしまうのかな。
     
    あんなに頑張ったのに、なんて間抜けな響き。いかにも馬鹿っぽい。
     
    が。
     
    ------人気ないだだっ広い夜の開発区を一人猛走する女------
     
    バスという事情を知らない人が見たら、かなりシュールな光景である。
    そもそも、あれだけの距離があってすでにバスも止まった後だったのに、
    どうして“ダッシュ”なんてある意味無茶なことを実行したのか・・・そのとっさの決心が自分でもよくわからない。実際、もうあと1歩遅かったら、本当に乗れなかっただろう。
    おまけに、猛走中のあの(マラソン選手)妄想。
     
    やっぱり馬鹿っぽくても・・・・仕方ぁないね。ははは。